1913-1924
新たな高みへ到達
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1900

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1913年
1913年、GEは高真空熱陰極X線管を開発。アルミニウム冷陰極管の代わりに高真空中でタングステン熱フィラメントを用いることで、より細かくコントロールできる高性能なブラウン管の製造が可能になりました。 この技術革新によって、診断や治療におけるいっそう幅広い目的でX線が利用されるようになりました。
1914年
1914年に開通したパナマ運河は世界最大の電気設備でもあります。水門を開閉する500基のモーターの他に、運河のいたるところにもう500基のモーターが配置され、全体の出力は約30,000馬力に。GEは、それぞれの水門を動かす複雑なセルシン制御装置も開発しました。
1915年
GEは製品だけでなく、人々の生活の質の向上にも、たゆまぬ努力を続けています。1915年、GEが開発した最新素材カルロッドにより、より安全な電気調理器が生まれました。 この電気絶縁・熱伝導セラミックは100年を経た現代でも最適の素材として用いられています。
1917年
GEは最初の密封式電気冷蔵庫を開発しました。その基本的設計は約100年経つ現在でも活かされています。この発明により、生鮮食材の寿命が大幅に延びたほか、のこりものを保存できるようにもなり、私たちの食生活は劇的に変わりました。
1918年
現在、飛行機の管制から冷凍食品の解凍にいたるまで多くの分野で使われているGEの発明品が、マグネトロンです。 この新しいタイプの真空管は1918年、GEのアルバート・ハルによって開発されました。マグネトロンは第2次世界大戦におけるレーダーシステムに不可欠な要素となり、後には料理革命をもたらした電子レンジの基礎にもなりました。
1918年
GEは自然の驚異的な力を利用しようと、1918年、ナイアガラの滝に最大規模の水力発電所を設立しました。この発電量は、32,500キロボルトアンペア、12,000ボルトに上りました。
1918年
1918年、初めて大陸と大陸が無線通信でつながれました。GEが開発した200キロワット、25,000サイクルの交流機が、初の大洋横断無線システムの基礎となりました。 このシステムにより、米国は当時の同盟国やフランスに派遣した自国軍と通信することが可能になりました。
1920年
1920年、GEは歯科診療やポータブルX線機器に適した、重さわずか9キロの油浸式X線管と変圧器を開発しました。
1921年
1921年、GE製スーパーチャージャー搭載の航空機が航空高度の世界記録40,800フィート(12,400メートル)を達成しました。この偉業に貢献したのはGEのサンフォード・モス。 16歳になる前の数年間、空気圧縮機の製造工場で働いていたモスは「燃料を圧縮空気の中で燃やすことができれば、出力エネルギーは途方もなく大きくなるだろう」と考えていました。そのアイデアが、今日の航空機の高度やスピードを可能にしてくれました。
1922年
1922年、米国でもっとも古いラジオ局のひとつ、GEのラジオ局WGYが、ニューヨーク州スケネクタディでレギュラー放送を開始しました。放送にはGE製1500ワット・トランスミッターが使われていました。
広告でふりかえる、時代の変化GE製品に命を吹き込んできた広告の歴史をたどると、私たちの“イマジネーション(想像力)”を感じていただくことができます。GEは新しいモノや技術を生み出すだけでなく、同時にエキサイティングな広告キャンペーンをも生み出して、世界に変化をもたらしてきました。その広告の歴史の一部、ぜひご覧になってみてください。