2011年6月3日
1892年のゼネラル・エレクトリック・カンパニー創立から8年が経ったころ、チーフ・エンジニアのチャールズ・スタインメッツは、研究所を設立する必要があるとして経営層の説得をはじめました。創業者の1人であるエリフ・トムソンは、次のように言い、これを支持しました。「ゼネラル・エレクトリック・カンパニーのような大規模な企業は、新規分野への投資と開発を怠りなく継続すべきであろう。実際、新しい法則を商業に応用するため、さらにはそうした原理や法則の発見のためには、研究所が必要だ」
こうしてニューヨーク州スケネクタディにあったスタインメッツ家の裏の納屋にGE初のグローバル研究所が誕生し、GE初代ディレクターとしてマサチューセッツ工科大学(MIT)の化学者、ウィリス・ホイットニー教授を迎えました。
設立当初は目立たない存在だったものの、ほどなくして、GEの研究をその目で見ようという科学者や発明家が世界各地から大勢やって来るようになりました。そして、訪れた著名人はみな、ウィリス・ホイットニーのデスクに立ち寄っては、賓客用のサインブックに記帳していきました。1914年から1935年までホイットニーのデスクに置かれていたこのサインブックは、発明家、物理学者、化学者、生理学者、経営者、そしてなんと9人ものノーベル賞受賞者をも含む署名で溢れており、まさに“偉人の紳士録”です。
それではここで、訪問客の署名の中からいくつかをご覧に入れましょう。
トーマス・エジソン(米国)は歴史上最も多くの発明をなした発明家の1人です。また、彼が創立した会社とその競合会社との合併が1892年のGEの正式な設立に繋がりました。まさに、エジソンはGEの土台を築いた人物でもあるのです。ある新聞がつけた「メンロ・パークの魔術師」というあだ名にふさわしく、エジソンは世界中に影響を与える偉大な発明を数多く残しました。電気、蓄音機、映画、白熱電球、証券取引所のティッカー、電気自動車用のバッテリーなどはそのほんの一部、エジソンの名で取得した特許の数は米国だけでも1,093に上ります。エジソンの遺産は今日もGEにおいて、照明、輸送、工業製品、送電、医療機器など、彼が先鞭をつけた分野の中で生き続けています。
岩垂邦彦氏(日本)にとっては、マンハッタンにあったエジソンの研究施設で、エジソンのために働いたのがキャリアの出発点となりました。岩垂氏は続いてニューヨーク州スケネクタディのエジソン・マシン・ワークスへ移りました。その後は日本に戻って電気産業の確立に力を注ぎ、日本電気株式会社を設立しました。これが現在NECとして知られている企業です。
ニールス・ボーア氏(デンマーク)は1922年のノーベル物理学賞受賞者です。原子の構造と量子の仕組みの解明に力を注いでいたことから、マンハッタン・プロジェクトに物理学者の1人として加わりました。
グリエルモ・マルコーニ氏(イタリア)は無線通信機を発明し、マルコーニの理論を確立しました。1909年には無線技術開発の功績を認められて、ノーベル物理学賞を受賞しています。
イワン・パブロフ氏(ロシア)は1904年のノーベル生理学賞受賞者です。犬を使った有名な実験から条件反射の考えを導いたことで最もよく知られていますが、他の研究でも医学や生理学の分野にきわめて重要な成果を残しています。